東京地方裁判所 平成3年(ワ)10567号 判決 1992年1月24日
原告
剣持春子
右訴訟代理人弁護士
薄金孝太郎
同
有住淑子
被告
進藤麗子
右訴訟代理人弁護士
南元昭雄
主文
一 被告は原告に対し、金二三万四二六〇円及びこれに対する平成三年一月一三日から支払ずみまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。
四 この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金二九六万四二六〇円及びこれに対する平成三年一月一三日から支払ずみまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、まず「被告の犬」が原告に噛みついて傷害を負わせたことを理由に民法七一八条一項に基づき損害賠償を請求し、次いで原告に噛みついた犬が原告の犬か被告の犬かいずれか判明しない場合には、予備的に、被告が犬を放しておいたために被告の犬が原告の犬に襲いかかったので、原告が自分の飼犬を庇おうとして手を出したところ噛まれたのであるから、いずれにしろ公共の場所において、被告が犬を放していたことが原因であるとして、民法七〇九条に基づき損害賠償を求めるものである。
一争いのない事実及び容易に認められる事実
1 平成三年一月一三日午前一一時過頃、東京都港区北青山一丁目明治神宮外苑内において、原告が飼犬(柴犬四才雄体重約13.5キログラム)を鎖でつないで連れて散歩中、被告が放して遊ばせていたその飼犬(雑種雄大きさは原告の飼犬とほぼ同程度)が駆け寄って原告犬に挑みかかったので、原告が原告犬を抱き上げたが、その際いずれかの犬が原告の右前腕部に噛みつき、約一か月間の治療を要する咬傷を負わせた(傷害の程度を除き当事者間に争いがない。傷害の程度については、<書証番号略>によって認める。)。
2 原告は、平成三年一月一三日から同年二月一四日までの間に合計一七回にわたり、林外科病院に通院して、右の咬傷の治療を受け、治療代として合計金一万四二六〇円を支払った(原告、<書証番号略>)。
二主な争点
右に認定した以外の争点は次のとおりである。
1 噛みついたのは被告の犬か、それとも原告の犬か。
2 被告は民法七一八条一項あるいは民法七〇九条による損害賠償責任を負うか。
3 原告にも過失があったか。原告にも過失があったとして、原被告の過失割合。
4 後遺症の有無と程度。
5 損害額。
第三争点に対する判断
証拠(<書証番号略>、原告、被告)により次のとおり認める。
一被告の損害賠償義務の有無
本件全証拠によっても、果たしていずれの犬が原告の右前腕に噛みついたのかを知ることはできない。つまり原告の犬ではなく、被告の犬が原告の腕に噛みついたことを認めるに足りる証拠は存在しない。しかし放して遊ばせておいた被告の犬が激しく吠えながら原告の犬に向かって突進してきたために、原告が原告の飼犬を庇おうとして腕を出したときに、どちらかの犬が原告の腕に噛みついたことは争いがない。公衆が通行し散策し集い憩う場所である明治神宮外苑において、幼児を含む人や他の動物に危害を加えるおそれが全くないとは言えない犬を放してはならないことは当然のことであり、これを放した場合には本件のような事故が起こることがあり得ることを予測すべきであった。しかるに被告はその飼犬を漫然と放していたのであるから、被告に過失があったことは否定できない。
二過失相殺
被告は仮定的に原告にも過失があったとして、過失相殺を主張した。被告の主張する原告の過失とは、喧嘩争闘中の複数の犬の間に腕を出すときは、犬はその腕を闘争相手と誤解して攻撃する習性があるから、争闘を制止するためには犬を蹴る等の方法によるべきであったにもかかわらず、漫然と原告が腕を出したために、どちらかの犬に噛まれたのであったが、犬の飼い主としては当然に犬のこの習性を知るべきであったのに、原告は過失によりその習性を知らず、又は知っていたのに不注意にも腕を出したと言うものである。犬には被告主張のような習性があるから、その主張のような方法により犬を引き離すべきであるけれども、犬の飼い主であればそのような犬の習性を知っているとは認められないし、又知るべきであったということもできない。原告は、原告の犬を抱えようとして咄嗟に手を出したのであって、たしかに適当な方法とはいえず迂濶ではあったが、公共の場所で犬を放していたという被告の過失の重大さに比すれば、取るに足らない程度のものであって未だ過失相殺の対象として考慮すべきものということはできない。
三後遺症
<書証番号略>並びに原告本人尋問の結果によれば、原告の右前腕部の手首から約四センチメートルの箇所に、長さ3.3センチメートルの傷痕があり、この傷痕は将来にわたって消えないものと思われるが、既に赤みがとれて次第に色褪せつつあり、いずれ年月の経過によりかなり薄らぐものと推認されるから、この程度の傷痕を以て女子の外貌に醜状を残すものとは言い難い。
四損害額
傷痕は右に認定した程度であるから、本件の傷害による慰謝料は総額で金一五万円が相当であり、これに前認定の治療費実費を加えた金一六万四二六〇円を原告の被った損害額と認定する。
原告はさらに弁護士報酬を損害額として主張しているが、訴え提起前の原被告間の交渉の経過その他の諸般の事情を考慮すると、被告に負担させるべき弁護士報酬は金七万円とするのが相当である。
さすれば損害額の合計は二三万四二六〇円である。
以上の次第で、原告の請求は右損害額とその付帯請求を求める限度では理由があるが、これを超える請求は理由がない。
(裁判官髙木新二郎)